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「第56回 放射線環境・安全に関する研究会」印象記

 「中性子を用いた放射線がん治療に関する研究」という演題で名古屋大学 核燃料管理施設 吉橋幸子教授による講演が 2025425日ナディアパーク デザインセンタービルの名古屋市市民活動推進センター会議室で行われた。近年、中性子を用いたホウ素中性子捕捉療法(BNCT)と呼ばれるがん治療法が注目され、名古屋大学で進められているBNCT装置の開発や中性子性能およびBNCTの適応について紹介された。
 放射線によるがん治療には様々な手法が開発されており、いかに直接がんに放射線を照射し正常細胞を保護するかという点が重要である。一般的には細胞分裂が活発ながん細胞は正常細胞と比較して放射線による感受性が高く、正常細胞に影響を与えずがん細胞だけを殺す適切な線量により適切な範囲を照射することになるが、その切り分けが困難である。
 BNCT自体の歴史は古く米国で悪性脳腫瘍の治療で開始され、頭蓋骨による中性子吸収などが課題であったが、わが国ではKURJRR-4を利用して開頭による悪性脳腫瘍治療で良好な成績を上げてきた。ホウ素は熱中性子断面積が大きくホウ素10と熱中性子が反応すると、α線とリチウム原子核が発生しがん細胞を破壊する。この発生したα線とリチウム原子核の飛程は短く細胞の大きさ程度であるため正常細胞への影響が少ないことが大きな特徴である。具体的には、がん細胞に集まりやすいホウ素薬剤(BPABSH)を点滴で投与し体外から適切なエネルギー範囲の中性子を照射する。
 BNCTに用いる中性子源として従来は原子炉を利用していたが、原子炉の維持管理の困難さから加速器を利用する方向に進化しており、名古屋大学ではこのBNCTに利用する加速器中性子源を開発している。静電型加速器により数MeVの陽子線とLiターゲットを利用しp,n反応により中性子を発生する。反応では同時にBe7ができるため外部被ばくの対策も必要とのこと。陽子線の照射によりLiターゲットの溶融を避けるためターゲットには熱除去の水冷却システムが設けられている。ターゲットで発生した中性子をBNCTに適したエネルギー領域にまで減速させるため、減速材や同時に発生するγ線の遮蔽材などが周囲に設置されている。
 BNCTは、浸潤性の強いがんや難治性のがん、再発がんにも効果が期待できるが、現在のところ切除不能な局所進行または局所再発の頭頸部がんについてのみ保険適用が認められている。
 今後の課題としては、BNCTはホウ素薬剤のがん細胞への集中蓄積効果によるところが大きく、BPABSHよりもさらに有効なホウ素薬剤が開発されれば、適応範囲が広がり多くの悪性腫瘍に対しての効果が期待される。また中性子源である加速器装置の医薬品医療機器法(旧薬事法)承認に向けて装置開発や性能評価手法が求められている。
 講演終了後には、ホウ素薬剤の利用限界やペット動物に適用した場合のボクセルファントムによる被ばく評価など活発な質疑応答が行われた。